2007年7月13日金曜日
2007年7月12日木曜日
Bilbao:工業から芸術へ/二言語都市
2007年7月9日~10日,スペイン北部の街・パンプローナとビルバオへ行ってきました。
10日は,パンプローナからバスで2時間,ビルバオへ移動しました。
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ビルバオはスペイン北部の都市。バスク国自治州ビスカヤ県の県都である。人口は約35万4千人で、スペイン第10位。スペイン北部屈指の港湾都市で、鉄鋼業が盛ん。(Wikipedia http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%93%E3%83%AB%E3%83%90%E3%82%AA)
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かつては工業都市であり,「観光地」というイメージの場所ではなかった街だと聞いていた。パンプローナからビルバオへバスで移動すると,ビルバオに近づくにつれて大きな工場が郊外の山間にポツリポツリと見られた。
22時半に着き,そのままホテルへ。ホテルは満足のいくものではなかった。シャワーカーテンがなぜか「布」。シャワールームが水浸しになってしまった…。
泥のように眠り,朝9時半ごろから行動。大きい荷物を置くロッカーがある場所が思い当たらなかったため,ホテルから一旦,昨日到着したバスターミナルへ。
ロッカーに荷物を預け,市電(Tran)に乗る。市電は草が敷き詰められた線路をのんびり走る。車体も緑で目に鮮やか。
Guggenheim美術館(http://www.guggenheim-bilbao.es/ingles/home.htm)へ。 この美術館の見ものの1つはその建物自体(http://www.guggenheim-bilbao.es/ingles/edificio/el_edificio.htm)。アメリカの建築家Frank O. Gehryによって設計された。川岸にある美術館はまるで川に浮かぶ巨大な船のような外観。
正面玄関には,花でできた巨大な(?)子犬。これは"Puppy"という作品。特別展示で造られた作品だったが,公表だったので常設展示になったとのこと。ミュージアム・ショップでもいろいろなグッズのデザインになっていて,美術館のマスコット的存在になっていた。
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思いのほか時間がかかってしまった。市電で中心部へ移動。
本屋でバスク語の文法書を買う。バスク語は周辺のインド・ヨーロッパ語族の諸語とは文法構造が異なり,系統関係がない。今のところ世界中のどの言語とも系統関係が証明されておらず,日本語と同じように系統的に孤立した言語だ。 ただし,周辺言語からたくさんの単語を借用しているので,スペイン語起源・ラテン語起源の単語もたくさんあるとのこと。日本語も中国語や英語からたくさん借用しているのと似ているかもしれない。
この地域(バスク自治州)ではスペイン語とバスク語の2つが公用語となっている。行政・司法・教育・メディア・商業・スポーツ・宗教などあらゆる場面でバスク語を使用する政策がとられている。通りの看板や駅の案内表示,店の中など,2つの言語で書かれた表示をたくさん目にした。
調査によれば,若い人の方が老人よりもバスク語を使うという。しかも,これらの若い人は後に(教育によって)バスク語を習得しているという。こういった人々のバスク語はスペイン語風のバスク語だとのこと。街で聞き耳をたてたかぎり,バスク語らしきものの会話はあまり聞かなかったが,電車のアナウンスも二言語,イベントの実況も二言語だった。幼児向けの絵本にもバスク語で書かれたものがあったし,将来の状況は興味がある。
その後,歩いて旧市街Casco Viejoへ。狭い路地に建物がひしめき合う。車は入ってこない。通りにテーブルを出してシエスタを楽しんだり,買い物をしたり。祭りの期間なのか,あちこちで催し物をしていた。おいしいピンチョ(pintxo=おつまみ)を出すBARを紹介してもらったのだが,どうやらもう売り切れちゃったようで…。残念。
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午後7時半には街を出て,バスターミナルに置いた荷物を取り,空港へ。9時半発のIBERIA機でマドリードへ。1時間。
いろいろな顔を持つビルバオ。ピカソの絵で有名な「ゲルニカ」の街も近いので行きたかったが行けなかった…。また訪れたい街の1つになった。
Pamplona:牛で日が明け,牛で日が暮れる
まずは9日,パンプローナの牛追い祭り(San Fermin)を観覧しました。
この祭りは6日~14日まで行われ,期間中毎朝「牛追い」(encierro)が行われます。祭りの9日間は日中も夜中も人々は白い服に赤いスカーフを巻いて,酒を飲み続けます。朝は牛を追い,昼間は寝て,夕方から闘牛を楽しみ,夜は(多分)夜通し飲んで,次の日の牛追いに備えます。
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牛追い祭り総合サイト(http://www.sanfermin.com/index.php/en/)によれば,牛追いは800mほどの距離を走るもので,午前8時に開始し,5分以内に終わってしまう。見るためには早くから場所取りをしないといけない。牛追いの開始地点近く午前5時ごろ,牛追いのゴール闘牛場近くは午前6時半くらいには場所取りをしないといけないとのこと。

今回の小旅行は,mixiで牛追い祭りに行こうとしていた,マドリード在住の「やよい」さんに声をかけて,6月の末に急遽行くことを決めました。
9日(月)午前1:30にマドリードのバスターミナルからバスにのり,5時間かけて6時半にパンプローナに到着。7時ごろに闘牛場のすぐ手前まで行きました。すでに沿道の柵の上には人がいっぱいで,いい見物場所を確保することはできませんでした。前にすでに陣取っていた人のすぐ後ろでの鑑賞。
牛追いが始まるまでの1時間ほど,寒さのなか立ったままで待っていましたが,周りは数日前からの祭りですでに酔っ払った人たちであふれかえっていました。明け方なのにワインやビールを飲み,酔いに任せてしゃべり続けたり,歌を歌ったりしていました。ちょっとした諍いが起きて,警備員が飛んでくるなんていう一幕も。

午前8時に花火が一発上がって,牛が開始地点から放たれたことが分かりました。2,3分すると先頭のグループの人々が早くも闘牛場へ。さらに1分ほどして,牛に追われた人→牛→牛を追う人→牛→人→牛→人→…という感じであっという間に通過。闘牛場に入らなかった人はそのまま沿道に出て牛追い終了…。とてもあっけないものでした。
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午前8時半ごろから,闘牛場内で素人闘牛(vaquillas)の開始。闘牛場内に人々(trovador=アマチュア闘牛士)がおり,そこに牛が一頭放たれます。牛は最初は人を突き倒したり,角を掴まれて人と格闘したりしますが,あまりにも人が多いので,そのうち疲れて,だれに向かって行ったらいいかわからなくなるみたいです。攻撃意欲がなくなったあたりでその牛は闘牛場の外へ連れ出され,別の牛が闘牛場に登場します。
こんな感じで6,7頭と何百人という素人たちの闘牛が続きました。ほとんどの場合は牛に少し突き上げられて終わりだが,中で一人だけ,興奮した牛に突かれたり踏まれたりした人がいた。その人は動けず,周りの人に抱えられながら闘牛場を後にした。あの人はどうなったんだろう…。夕方5時ごろに闘牛場(Plaza de toros)へ。本日の闘牛のチケットは本当は朝の素人闘牛が終わった頃買うべきでした。夕方買ったら少し値上げされて34ユーロになっていました。 しかも,やよいさんと二人並んだ席を買うことはできず。
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■入場行進(Paseíllo) 18時半。まず,露払いの騎士(Alguacilillos)と闘牛士チーム(Toreros)の行進。その後闘牛士はカポテ(Capote=ピンク色のマントのような布)さばきの準備運動をする。
■槍突きの場(Tercio de Varas) 5分ほどして,槍方(Picador=ピカドール)が馬に乗って登場。馬は目隠しをされて,体の周りをゴザのようなもので包まれている。この馬の横から牛が角を突き上げる。ここで牛の攻撃能力・意欲を見る。馬に乗ったピカドールは上から牛の首の後ろに槍(Vara)を突き刺して,牛の力を減じさせる。槍は急所を突いて,牛を苦しませないようにさせないといけない。
■銛打ちの場(Tercio de Banderillas) その後銛打ち(Banderillero)が登場。両手に銛(Banderillas)を持っている銛打ちの正面から牛が突進してくる。銛打ちは飛んで牛の背の筋肉の隆起部に銛2本を突き刺しつつ,牛の突進をかわす。ひらりと華麗に飛ばなければ,人間が牛の角に突き刺される。動きの美と緊張感があった。
■死の場(Tercio de Muerte) さらにその後にマタドール(Matador)が登場。マタドールは「殺す人」の意。まずは,赤いマント(Muleta)を使って,満身創痍の闘牛が行きたくない場所へと闘牛を誘導しつつ,闘牛士の感性を表現する。マタドールは,時に牛に背を向けて見得を切る(Adorno)。Adornoは「装飾品」という意味。生か死かというぎりぎりの極限状態の中で見せる,意外な動き。さりげなく身につけられた,きらきらした装飾品のように見得を切る。
■真実の瞬間(La Hora de la Verdad) ムレタの演技が終わると,マタドールは牛の急所に剣を突き刺し,苦しみのない「死」を瞬時に与えなければならない。とはいえ,これまでの攻撃で血を流し苦しむ牛は,時にフラフラして予想もつかない動きをする。ここにも美と緊張があった。********
闘牛は午後8時半ごろまでとのことでしたが,ビルバオへのバスが午後8:30発。全部を見られないまま闘牛場を後にし,ここでやよいさんとはお別れ。やよいさんはその後フランスとの国境に近いSan Sebastianへと移動しました。<参考>
・『日本人には分からないスペインの生活』榎本和以智・著 南雲堂フェニックス 1998年
・「マドリッド通信」http://kasespain.muybien.info/tushin/tushin118.htm
2007年7月8日日曜日
2007年6月19日火曜日
2007年4月23日月曜日
マラソン30周年

今日は,マドリード市内でマラソン大会がありました。http://www.maratonmadrid.org/
今年で30周年の記念大会だったようです。30年前と言えば,フランコ独裁政権が終わってまだ間もないころ。第1回大会はどんな大会だったんでしょう。
中継したテレビ局によれば,13,000人が参加したとのこと。http://www.telemadrid.es/actualidad/noticia.pag?codigo=173383
マラソン観戦は初めてでした。家の近くを通ることが分かったので,カメラをもっていそいそと観戦。 家の近所は40キロ地点を過ぎて最後の最後,苦しいところだったようです。沿道の人はみんな拍手しながら応援して,走っている人同士も励ましあいながらゴールを目指していました。なんだか,とてもいいものを見ることができたと思います。
2007年4月22日日曜日
春を堪能
日本からの桜の便り,日本の皆さんからの花見便りを読むにつけ,桜を見たくなっていた今日この頃。実は去年も行こうとしてバスの時間に間に合わず,花を見に行くことができなかったのでした。ということで,今年はリベンジ。
朝8時半(やっと空が明るくなったくらいの時間)にマドリードをバスで出発。途中で休憩を挟みつつ,


展望台から,再び中心となる広場へ戻り,昼食。普通のバルにて,サルチチョン(ソーセージ),サラダ,チーズ,豚の尻尾(左上の皿!)を頂く。やっぱり何もかもが安かったのですが,尻尾はホルモン系の味で自分は少し苦手。
その後,隣村のJerte(ヘルテ)まで4キロの道のりを徒歩で移動。途中の小川のせせらぎがあったり,馬が飼育されていたり。

馬は飼い主は見当たらず。頭を撫でてあげても,とてもおとなしかったです。 自然と触れ合ってリフレッシュした旅でした。
桜は日本の桜をイメージしちゃうと,全然木の様子が違う(果樹栽培向けの育て方をしている)ので,ちょっと物足りない感じもしましたが,自然と触れ合うことができてよかった! でもやっぱり「花見」をするなら日本の桜だなと思いました。
そして,セマナ・サンタ後,仕事が忙しくなりましたが,4月14日(土)はタイのお祭り・ソンクランへ行ってきました!
マドリードにあるタイ王国大使館へ。 「サワディー・クラップ」。 大使館の中はスペインではなくタイ! 到着したときにはすでに祭りは始まっていて,ちょうど人々が食事と飲み物にありつくところ。列など作るはずもないスペイン人。料理のブースの前で食べ始めて,後ろの人にお構いなしのスペイン人(笑)。 タイのシンハービールも,小さいボトルで3本ほど頂きました(^^)。
灼熱のバンコク!タイに行きたくなった週末でした!
2007年4月21日土曜日
サマータイムが始まりました!
前回の更新から半年!3月末にサマータイムが始まってしまいました!長らく更新もせず,失礼しました。
■2006年11月ダイジェスト
この月は仕事で忙しくしていました。10月に授業が始まって,ようやく軌道に乗ってきたころ。
■2006年12月ダイジェスト
○12月頭:所属先で公的試験の実施。このために数ヶ月間はいろいろ細々と忙しく。それが終わって一息。
○5日:部屋の中に鍵を置いて部屋を出てしまう。ホテルのオートロックのように,ドアを閉めるだけで施錠されてしまう。鍵開屋に電話するも,コミュケーションがうまくいかず,しかも技術料が120ユーロ。悔しい。
○後半:日本からスペイン語の調査研究の方々が来馬。「方々」と言っても知っている人たちなので気は楽です。とはいえ調査はしっかりとやってもらわねば。協力にはなかなか神経を使うものですが,すべてが終わってお酒・会食を楽しめば,苦労も思い出に。
○24日:クリスマス・イブ=Nochebuena.mixiのマイミク・マンク君とその学友達etc.とのパーティー!みんで一品食べ物を持ち寄るというので,「豚肉のオレンジ煮」に挑戦。豚肉の角切りをオレンジジュースで煮るという料理。夏に友達に作っていただいた料理。ネットでレシピを探して作ってみる。豚肉を炒めて煮て出来上がり!ということで,料理初心者の自分にもできた!肉がちょっと硬くなってしまったけど,味付けは良かったようです。ちょっと自信が笑。また作ろうっと。
日本人・タイ人・ポーランド人というメンバーで,ゲームをしたりと久しぶりのパーティー。脚丸ごと一本の生ハムも登場!自分達でナイフを使って薄く削いでいく。思ったより難しい…。でも,削ぎたてはやっぱり美味しい!そして,楽しかった夜。ありがとう。
深夜はクラブへ。スペインは夜に楽しむ文化。0時過ぎからでも出かける。お年寄りのダンスホールだってあるのです!!!クリスマスは家族と過ごすといえども,深夜にはわらわらと人が集まっていました。
←肉を削いでいる。
←ツリー
○26日~29日:知り合いをたずねて,イギリス・ロンドンへ。自転車で街を案内してくれたが,地理が分からない街を人の後を追って自転車で移動…。精神的にも肉体的にも疲れました…涙。
←ロンドン市内のクリスマス・ツリー
←グリニッジ旧天文台。またいでいるのは,東経・西経0分の線。東半球と西半球。
○30日~:日本へ。30日早朝,マドリードの空港にて爆弾テロ。爆発2時間前に出発したため特に何もなかったが,遅い便だったら…日本にはいけなかったでしょう。ロンドンでの乗り換えもフセイン処刑の直後だけにテロ警戒。機体の安全確認で出発が30分ほど遅れる。まぁ,万全を期すのはいいこと。
○31日:朝成田着。夜は友達の年越し会にちょっとだけ顔を出し。
■2007年1月ダイジェスト
○1日:朝早い新幹線で青森へ。病気の祖父を見舞いに行きました。祖父は小康状態。ただ,治る病気ではないので,延命処置をすることになるとのことでした。おじ・おば・いとこなどたくさんの親戚と会うことができて,それはそれは日本らしい正月を過ごしました。親戚もみな年をとってきて,いろいろな問題が持ち上がるもので…。これからはいろいろと大変になるだろうな…という,すっきりしない気持ちで3日夜に帰京しました。
←弘前駅。ねぷた。
←弘前駅。
←祖父の家の近く。雪と田んぼ。
←青森市内の神社で初詣
○4日:昼の便でロンドン経由,マドリードへ。時差ぼけが治らぬまま帰西。
○6日:この日は"Los Reyes Magos"で祝日。12月25日に生まれたキリストの誕生を祝うため,東方から3人の賢者がプレゼントを持ってエルサレムを訪れた日です。5日の夜子供たちはプレゼントをもらいます。これにてクリスマス行事終了。週明けからはバーゲン!
○14日:2週間前に見舞った祖父が,日本時間14日午後に亡くなったとの知らせ。老人だから病状の進みは遅いということはない,進行性のガンだったとのことでした。2週間前に見舞うことができてよかった。本の出版を報告できてよかったなと思います。安らかに…。
○後半:前期の期末試験。2月の仕事(ドイツ・日本)の準備でほとんど時間がつぶれた。
■2007年2月ダイジェスト
○前半:2月前半まで試験期間が続き,そのまま休み無く後期の授業が始まる。学期の間に休みがある日本とは違う。準備などの時間が少ないので,そこが少しやりにくい。
○3日~6日:仕事でドイツへ行ってきました。
ミュンスター(友達訪問の旅) http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%A5%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BC
ミュンスターは大学の街。大学生がたくさんいました。自転車が駅前にあったりして,ちょっと日本の風情。街には運河が流れていて,土曜の夜はクラブで賑わい,晴れた日曜日は散歩が気持ちよかったです。
デュースブルク(仕事) http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%96%E3%83%AB%E3%82%AF
デュースブルクは,ライン川工業地帯の中心だった鉱山と鉄鋼の街。今は鉱山もなくなり,鉄鋼も下火で少し寂れています。かつての工場をそのまま残して公園してあります。公園のHP→ http://www.landschaftspark.de/ 廃墟好きの人には堪らないかもしれません。
仕事自体は成功だったかな…と。自分の研究について学生さんを前に「講義」。久しぶりの英語にしどろもどろ。でも,講義の最後には,全員が机を拳で叩いてくれました。これは拍手と同じ意味だとのこと。面白い。
○11~14日:日本へ再び。今回は仕事でした。
○後半:後期の授業が始まる。スペイン語のクラスにもまた出席しています。このクラスは初級3。だいぶ上まで来ました。イタリア語,ポルトガル語,フランス語,英語を話す人が多いクラスで,みんなかなりスペイン語ができる感じ。でも,イタリア語とかポルトガル語を話す人は,スペイン語なんて簡単だと思う。どう感じているんだろう。
1年半スペインに滞在して少し変化が出てきました。スペイン語を話すことがあまり苦痛じゃなくなってきた。スペイン語で分からないことを言われてもあまり苦痛じゃなくなってきました。自分の持っているスペイン語力でなんとか説明できることが増えたし,自分の持っているスペイン語力で聞き返すことや説明を求めることができるようになったと思います。
語学のコツは,いかに自分の持っているものでやりくりできるか,ということのように思います。もちろん持っているものを増やす努力は必要ですが,まずは最低限のものでヤリクリするコツを知ること。
相対的に英語はダメになっている気はします。まず日常の会話を英語ですることができない。日常のごくごく普通の会話はスペイン語でしかしないので,それを英語に訳すことは今の自分には不可能。それに,普段スペイン語しか聞いていないから,英語の音はとても変に聞こえる。発音しにくい。子音が続いたり,母音を強く発音しなければならず,日本語を話すときとは違う筋肉の使い方をしているはず。その点スペイン語は母音が多い点で日本語に近い。
とにかく生活がしやすくなっている気はします。
■2007年3月ダイジェスト
○2日~4日:仕事でロンドンへ行ってきました。マドリードから3名がロンドン大学SOASへ出向く。SOASの日本研究者とともにワークショップを開いていただいた。歴史のあるロンドン大学で自分の研究について話す。今回は多少英語もマシに…。いろいろな交流ができてとても実り多かった。ロンドンはアジアの人も沢山いて,いろいろなものが共存している街。マドリードに比べて日本やアジアのものも身近にあるので過ごしやすそうだ…。刺激も満ち溢れている。多くの人が来るのが分かる。
←ロンドンのホテル。こじんまりとして。
○6日:マドリードに住んでいたMさんが日本へ帰国。やっぱり寂しさが募ります。まだいるような気がしてしまいます。
←3月のマドリード。空が青い。
←アーモンドの花。さくらに似ています。
■2007年4月ダイジェスト
○2日~9日:9日までSemana Santa(聖週間)の休暇です。英語圏ではEasterです。
学校は10日間ほど休み(^^)。 会社などは今日4月5日が「聖木曜日」(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%81%96%E6%9C%A8%E6%9B%9C%E6%97%A5 ),4月6日が「聖金曜日」(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%81%96%E9%87%91%E6%9B%9C%E6%97%A5 )で祝日。土日があるので,4日間の連休です。
ウチのごく近所のいつも通っているジムのすぐそばの敷地からイエスの像を掲げた山車を含む行列が出発(20時ごろ)。その後2時間半ほどかけて近所の通りを回り,ウチのごく近所にある教会へ行列が進みます(直線距離で開始地点から教会まで100メートルくらい。22時半ごろ)。
大きな十字架を持った人が行列の中に。赤いとんがり帽子の頭巾をかぶります。アメリカ合衆国のKKKとはまったく関係がないそうです。
イエスの像が乗った山車。8人くらいの人が動かしていきます。
ウチの近所の教会に着きました。賛美歌(?)を歌ったあと,何か教会の人が話して(説教して?)いました。エルサレムから遥かなる道を…などのことを話したあと,聖母マリアとイエスとの会話になりました。とにかく,多分ようこそ復活してくださいましたというようなことだと思いました。
沿道で見ている人も一緒に歌っていたし,最後には十字を切っていく人が多かったです。結構若い人・若い子も行列を見たりしていて,こういうときにキリスト教が暮らしの中にあることを発見します。でも,普段は十字を切る人はあまり見ないし…。日本でもいざというとき神社に行ったり寺にいって拝んだりするのと似ているのか…わかりません。若い人は,ミサに行く人は少ないと聞きますが,やっぱりキリスト教はいろいろと生活に深く入っているのではないかと思います。
こういうのは,やっぱり見ているほうも神妙になるものです。
サマータイムが終わりました
さて,11月に入りました。 スペインではこの前の日曜日にサマータイムが終わり,時計の針を1時間戻しました。これによって日本との時差は8時間になります。 そして,今日11月1日は,「諸聖人の日」で祝日でした。アメリカでは,10月31日は「ハローウィン」。ハローウィンは,聖人や殉教者を記念する「諸聖人の日」の前夜=「イブ」とのこと。Hallow Eveが訛ってHalloweenになったのだそうです。 今日は明日の授業の準備などをして一日過ごしました。
8月・9月・10月ダイジェスト
2006年10月24日(火)投稿
7月以来日記も書かず…3ヶ月ぶりのご無沙汰です…。
■8月ダイジェスト■
○7月末から8月頭
スペイン国内を旅行。マドリード→バルセロナ→トレモリノス→グラナダ→コルドバ→マドリード。スペイン中央にあるマドリードから東→南と回った旅。バルセロナは何度も訪れたい街。一度だけでは見きれない。グラナダのアルハンブラ宮殿は荘厳で美しかった。言葉では表しきれないくらい。 ←バルセロナ:カタルーニャ美術館からの眺め。市内を一望。 ←バルセロナ:グエル公園。 ←バルセロナ:世界遺産のカザ・ミラ。普通の住居で,今も人が住んでいます。 ←バルセロナ:サグラダ・ファミリア。「桜田」ではありません。笑。「聖家族」の意味。 ↑グラナダ・アルハンブラ宮殿。荘厳な装飾といたるところに流れる水。乾燥した土地で水が絶えず流れているのはとんでもない贅沢です。 コルドバ。メスキータという,アラビア支配時代の寺院。不思議な雰囲気の薄暗さ
日本へロンドン経由で戻る。その1日後,ロンドンはテロ未遂事件で大混乱。危機一髪。
○8月16日・17日
家族で那須方面へ旅行。雨が降ったりで天気はあまり良くなかったけれど,久しぶりの家族水入らずでの旅行。今振り返ると,やっぱり心休まるひと時でした。 白河近くの田園風景。
○8月29日
慌しい滞在もあっという間に終わって,スペインへ戻る。滞在中はほとんどが友だちと会うことに費やされた。あとは実家でのんびりと…。親孝行になっただろうか。1年前の心細さはないものの,やっぱり一抹の寂しさ。
■9月ダイジェスト■
○9月3日~10日
ポルトガルへ。8日まではポルトガルの北部にある「ブラガ」という街へ。方言学の国際学会に出席する。日本からも指導教官含め10数名の方が来葡。ブラガは小さい街だったけれど,そのため,街中は移動しやすく,滞在はなかなか良かった。街の雰囲気はスペインと似ているし,言葉もスペイン語を話して大体通じるが,相手のポルトガル語が分かりにくく,なんとなく微妙にストレス。学会での発表もなんとかうまくいく。
スペインへ戻る前に,ポルトガルの首都・リスボンで2泊する。リスボンの民謡「ファド」を聞いたり,坂の多い街をあちこち歩いたり。「外国」旅行というのは久しぶりの感じでした。スペインよりももっとのんびりした感じのポルトガル。また来てみたい。
リスボン市内を見渡す高台から。マリア様の像と教会が街を見下ろしています。 リスボンの西にあるロカ岬。ヨーロッパで最も西に位置する場所です。 ファドという民謡を聞かせるレストランにて。洞窟状のレストランで。
○9月14日~17日
オーストリアへ。首都ウィーンで,ヨーロッパ日本語教師会のシンポジウムへ行く。ここでは自分は発表しなかったものの,日本語教師の方々,日本からの先生がたに会うことができるので,参加。スペインやポルトガルとは違って,整然とした街並に大きな建物がドーンと建ちならび,ゆったりした街路・のんびりとした雰囲気。よい街でした。
ウィーン市内 ホテル・ザッハー。ザッハートルテというチョコケーキが有名。日本人だらけ!
○9月22日
以前6月に録音に参加した映画"La Maquina de bailar"が公開される。"La Maquina de bailar"とは,日本語でいえば「踊る機械」。ゲームセンターなどにある「ダンスダンスレボリューション」(DDR)のこと。映画はまだ見に行っていないが,どんな風になっているのか…楽しみ。映画好きな方?がブログで僕が録音に参加したことを紹介していました!びっくり!
新学期・新学年がスタート。キャンパスはまだ初々しい雰囲気。夏が終わってしまった寂しさと,新たなスタートの清清しさと。
■10月ダイジェスト■
○10月
授業が淡々と進み…。12月に行われる日本語の公的試験の準備もあるので,比較的忙しく。中旬くらいからは気候が急に秋らしくなる。明け方は8時半くらいまで暗く,寒い。日が落ちるのも早くなった。もうすぐサマータイムが終わって,時計を1時間戻す。
ここ1週間ほどは雨続き。マドリードに長く住む人も珍しがるくらいの,シトシト降る雨。今週の金曜日まではこんな感じらしい。水不足は解消されるけれど,マドリードらしいカラっとした気候が恋しい。
スペインで日本の夏
16日日曜日: マドリード日本人学校の校庭で日本人会主催の盆踊り大会。知り合いの人に頼まれて,急遽ボランティアとして食券売りの仕事をしに行きました。
19時半から開始とのことだったのだが,準備等?のため18時に集合。こちらの18時はまだまだ日も高く暑い時間帯…。学校は郊外の住宅街の中にあるため,マドリード中心部からはバス。そのバスが日曜日のため本数が1時間に一本…。急いで着いてみると,準備の人もまばら。なぁんだ。もっと遅く来ればよかった…爆。この辺が日本人の集まりでも「スペイン流」なんです。
19時過ぎからはスペイン人・日本人ともに来場者が増えてきて,食券販売開始。1ユーロで1ポイントの食券を購入し,買う食べ物・飲み物に応じて2ポイント,3ポイントと券を利用する。
次から次へとスペイン語の数字が繰り返し浴びせかけられて,ほんと,いい練習になりました。スペイン人の次は日本人,その次はまたスペイン人…みたいな切り替えのいい練習にも…ぐったり…。
祭り自体は日本人の子ども達による「ハム太郎」のお遊戯披露や,ジャンケン大会,スペイン人(インディーズ?)歌手の演奏などがあり,まさに「祭り」。スペイン人にもちょうど良いイベントのようでした。
もちろん盆踊りとして,「月が~出た出たぁ~♪」(炭坑節)や,葛飾音頭,東京音頭,そしてなんとマドリード音頭までありました。ほんと日本人ってどこにでも「~音頭」って作るんですねぇ…。
やぐらの周りの一周では練習をした日本人が浴衣を着て踊り,その外側の一周では内側の日本人を見よう見まねで踊るスペイン人。踊り好きなスペイン人だけあって,2時間ほどの間,ずーっと踊っていました。
金魚すくいやヨーヨーすくい,スーパーボールすくいなどもあって,ちょっと懐かしいマドリードの夏の一夜。
無事です
Yahoo!Japanなどで,「スペインで地下鉄脱線」などのニュースが出ていますが,こちらは無事です。
http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/world/spain/
マドリードではなく,バレンシアという都市での事故です。 ひとまず,ご報告まで。
声優デビュー
2006年06月13日(火)投稿
昨日,マイミク・マンク君からメッセージが。 「日本人で声優の仕事ができる,40歳くらいまでの男性を探している」とのこと。詳細はよく分からないということだが,午後4時から午後10時ごろまで拘束され,給料は60ユーロとのこと。マンク君は仕事でいけないというので,自分が協力を申し出る。話はトントン拍子に進み,仕事場へ行くことに。
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そして,今日。 マドリードの中心・マヨール広場の近くの小さな広場にある「CINEARTE」という建物へ。建物内にはスペイン映画のポスターが壁に沢山かけてあって,映画の仕事らしいということがわかる。 30分ほど待って全員が揃ったので,スタジオのある3階へ。自分以外には,60~70歳代のスペイン人男性4人程度,女性3人程度。二十歳前くらいの男の子4名程度,女の子5名程度。自分と同年代の国籍不明の男性1名,そして自分。全員がそこで「出演」の時間を待つ。数名が呼ばれてスタジオ内に入っては,10分ほどで出てくる。みなよくわからないことを言わされた,と面白がっている様子。 集合してから3時間半が経とうかというころ,自分が呼ばれてスタジオ内へ。部屋の中は暗く,前面の壁に大きく映像が写し出されている。中央に譜面台のようなものがあり,そこにスクリプトが書かれた紙が置かれている。ここは映画編集スタジオのようだ。 指示を出す人が僕に説明する。まずは,テレビ番組を収録しているシーンが映し出された。ディレクターのような男が「5,4,3,2,1,アクション」と指示を出している。「あの男は中国語のような発音なので,日本語として自然な発音をして欲しい。」後でよくよく考えると,テレビの収録で「アクション」などと言わないのだろうが,その場で思いつかず。思いついても多分スペイン語で説明できない…。とにかく言われたとおりに発音。 アテレコ,難しい…。5,6回くらい言わされてOK. それからもうひとつ。番組のタイトルコールを録音するとのこと。番組名は「友だちクラブ」 ??? 「ともだーち CLUB!」? 「ともだちー CLUB!」? どこを伸ばしたらいいのかちょっと思案したが,前者で。番組名がありえないなんてことを申し出ることは,この現場では不可能な状況だった。とにかく,この有り得ない番組名を叫ぶしかなかった。なんとなく引きつった感じのタイトルコールにOKが出て,収録終了。 結局は収録終了は午後8時。スペイン人は20ユーロをもらったようだが,自分と,国籍不明の同年代の彼は70ユーロと。おいしい仕事でした。
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映画は「La maquina de Bailar」=「踊りの機械」。あの「ダンス・ダンス・レボリューション」のことです。KONAMIと提携で映画が作成されている模様(公式な予告編はこちら→http://www.youtube.com/watch?v=0ZPYc0084N8 )。どんな話の映画なのかは,さっぱりわかりません。 スペイン公開は9月下旬です!全世界公開の際にはみなさんも是非!(多分ないな…)
ヘンなもの図鑑
更新が滞っているのに,ランキングが上がっている。なぜなんだろう?とにかく,ありがとうございます!?
6月になりました。学期末の試験期間が始まりました。 学校へ行く機会は減りますが,家での仕事が増えそう。 今日はマドリ ードで見つけたヘンなものをご紹介。
①「大阪 GEISHA MIX」 デパ地下で見つけた一品。お米からできた日本のスナック菓子=「おかき」です。なぜに大阪?なぜGEISHA?BONSAI MIXという商品もあるようですが,品切 れでした。「Low FAT」で,ベジタリアンにも最適!なんて書いてあったりもします。出所はオランダ。
②「AQUARIUS VERSION 3」 アクエリアスに第3の味が登場。(普通のアクエリアスと,オレンジ味のアクエリアスがあります。)なんと味は「コーラ味」らしい。 http://www.marketingnews.es/2006/05/11/ いくらコカコーラから出しているからって…。合わせりゃいいってもんじゃないでしょう。一応炭酸は入っていない模様。冷蔵庫で冷やしている最中なので,冷えたら飲んでみます…。 日本で話題の(?)「炭酸入りコーヒー」とどちらが美味しいでしょうか…。
回復
気付けば,もう3週間近く日記を書いていませんでした。
ご無沙汰しています。
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ところで,今日,ADSLの速度が回復しました。 電話とモデムの接続を見てもらったところ,どうやら何本かあるケーブルの繋ぐ順番が間違っていたようで,それを正しい順番にしたら,1Mbpsを回復しました。これまでは32Kbpsだったから全然違います。快適です。
***その他の出来事***
・4月第5週:遭遇
インターネットをぶらついていたら,スペインに留学中の日本人の方のサイトを発見。日記を読むと,すごくご近所に済んでいることが判明。早速メールを出して,近所のバルで会う。日本人は少ないし,近所にも少ないので,貴重な出会いということで。大学院で勉強しているとのことだが,とても大変そうですね…。でも同じ大学ですし,頑張って欲しいものです。
・5月第1週:準備
スペイン語の授業で,グループ発表をするので,その準備。まさかこの年になって,しかも外国でこういうことをすることになるとは思いませんでした…。他のメンバーは30代後半という感じのベルギー人と,20代後半のフランス人。二人ともフランス語なまりの強いスペイン語なので,意思疎通すら難しい…ということで,英語で話をする。でも,フランス語なまりの英語…。ま,なんとか準備ができて,先生からもmuy bien!のお言葉をいただく。ほっ。
・5月第1週:来客
友だちの友だちが来西。今回の旅行の目的はバルセロナでサッカー観戦とのことで,マドリードへは2日間だけの滞在。天気があまり良くなくて残念でしたが,ガリシア料理を堪能。しかし,2日目はディナーで白ワインを飲みすぎてしまい,ちょっと眠くなってしまった感じでした。でも,街の様子を垣間見ていただけたようなので,一安心。
・5月第2週:交流
イギリスから来た先生が大学にて講演。江戸時代の街の造りが風水に基づいているという研究の話。英語も分かりやすくて,内容がよく分かったので,大満足。夜はこの先生を囲んで数人でディナー。やっぱり英語で話せると楽…。
Semana Santa
Semana Santaの休暇が終わり,また授業が始まった。久しぶりに授業をするとやはり疲れる。大きな声を出しながらの授業は,疲れるのだ。でも,何もしないで家にいるよりはいいかもしれないな…。
さて,Semana Santaの期間はほとんど家にいたが,16日(日)には,友だちと一緒に3人でサラマンカという町にバスで一日小旅行へ行ってきた。
サラマンカは,マドリードの北西に広がるカスティーリャ・イ・レオン地方の一都市。この地方は,乾燥した大地に小麦畑が地平線まで続く…そんな場所。
この季節は緑の大地という感じだが,夏や冬は枯れた茶色い大地だとのこと。
バスに2時間半乗って,サラマンカへ。
旧市街全体が世界遺産に指定されているという街は,どこもかしこも絵になる風景。
一緒に行った友だち二人は,両方とも以前サラマンカに住んでいたので,勝手知ったところ。
まずは友だちが行きつけだったBARへ。ビールとタパス。マドリードより安くてボリュームもあり,満足。
その後すぐそばのプラサ・マイヨールへ行くと,セマナ・サンタの行列が!キリストの復活の場面が山車の上で表現される。それが街を練り歩くのだ。ここで見られるとは思っていなかったので,早速人だかりの中へ。
美しく飾られたマリア像,キリスト像の山車。見ている人たちも真剣に眺めていた。
キリスト像の山車が行列の最後。この山車を目の前で見終えると,観衆は「さぁ,ビール,ビール」などと言いながらBARへと移動してしまった。(ここでカメラの電池切れ。)
われわれも立ちっぱなしで疲れたので,お昼ご飯を食べることに。友だちが大のお気に入りのレストランへ。調度品も品がよく,料理も美味しかった。さすがお勧めの店!ここでわれわれはワインと食後酒を飲み干していい気分のまま,市街探索へ。
新旧聖堂など見学。ただ,思いのほか寒かったので,途中コーヒーを飲んで暖を取りながら。夜からは友だちの友だちも合流して,BARをめぐる。ビールとTAPAS(おつまみ)に舌鼓を打っていると,バスの時間…。
夜11時にバスターミナルへ移動し,出発10分前にバスに乗り込んだ。真っ暗な中,爆睡であっという間にマドリード。終電直前の地下鉄で家に着いたのは2時近くだった。
結局は食の旅だったような気もするが,Semana Santaらしい行列も見られたので,良い旅行だった。
友だちのMさん,Tくん,ありがとう!
払いすぎ?
8日(土)~17日(月)まで,セマナ・サンタ(Semana Santa)の休暇です。
セマナ・サンタ(Semana Santa)=聖週間はキリストの復活を祝うお祭りです。英語圏ではイースター(Easter)。特にスペインの南,アンダルシア地方では、エルサレム入場から処刑、蘇るまでの1週間のキリストの行状を山車で表わし、さらに各教会の自慢のマリア様とキリスト様が晴れ着をまとって山車に乗って出てきます。ここにも紹介があります。↓ http://www.esflamenco.com/scripts/news/janews.asp?frmIdPagina=330
休暇ですが,なんだかこれまでの疲れが溜まっている自分は,旅行のお誘いも断って,休養に充て,普段の自転車操業の日々にはできない作業などをする予定。日帰りでサラマンカという街に行く予定が入っているだけです。
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4月7日(金)
スペイン関係の個人サイトを発見。このサイトのオーナーさんは,最近,自分の家のごく近所に引っ越してきたことが日記に書いてあったので,早速メールを出し,お会いすることにした。 スペイン美術史を大学院で勉強中のSさん。ごく最近までは別の街でスペイン語の勉強をしていて,3月から大学院に入学したとのこと。 いろいろ話したが,話は近所の住まいの話に。自分やSさんが住んでいる地区は家賃がマドリードで一番高いエリア。ところが,Sさんの部屋の家賃は複数人でシェアして250ユーロだという…(1人が払う額はこれより安い)。自分の部屋はワンルームで600ユーロ。倍以上! ちょっと自分は払いすぎだな…と愕然。
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4月10日(月)
友だちと一緒に,郊外のショッピングセンターへ買物に。 スウェーデンのインテリア雑貨などを扱うIKEAや電化製品の量販店,フランスのスーパー・Carrefour,服飾雑貨の店などが大量に集まる。マドリード北のバスターミナルからバスで30分ほど?DVDなども安い!もちろんインテリア雑貨などもデパートで買うのに比べて安い!そして,カルフールは市中のスペイン資本のスーパーよりもやっぱり安い。 なんだか,今まで随分高い買物していたんだなぁ…と愕然。
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確かに毎月結構きつい。今年1月からは突然所得税が天引きされ始めて月15%引かれている(日本より高い!)。生活臭プンプンの日記ですみません…。 あぁ~もっと安い部屋に引越ししたい!!! ちょっと自分の生活を振り返る休暇になりそう。
櫻
桜に触れた,この前の週末。
3月31日(金曜日)。
友だちに連れられてSalon de te=茶店?http://www.bomec-elpaladardelte.com/home.html へ行って来ました。
店では中国茶,台湾茶,日本茶なども。店内はHPを見てもらえば多少わかると思いますが,中国とタイとインドと日本が合体したような感じ…。
お茶はちょっと大きめのポットに入って出てきます。それを紅茶用のティーカップで。少し不思議な感じ笑。味はほのかに桜の花の香りがしました。2杯,3杯程度飲むと,少し薬くささを感じなくもない…という感じでしたが。
このお茶,7ユーロ=¥980。円に換算したらやっぱり高い…。日本の玉露茶もありましたが,18ユーロ=2520円。お茶2,3杯が2500円…。
この友だちというのは,今,出席しているスペイン語のクラスメート。数少ないアジア系出席者のうちの1人。彼のご両親は韓国人なのだが,ドイツに移住し,そこで彼は生まれたとのこと。だから,見た目はほんとに「韓国人」で,名前も韓国名だけれど,ヨーロッパの交換留学プログラムErasmusでスペインへ来ているとのこと。
この韓国系ドイツ人の彼,友だちから時折かかってくる電話に出ると,すごいドイツ語!ドイツで生まれ育ったんだから当たり前だけど。
スペイン語のクラスは20数名のうち,10数名以上がドイツ語を話す国から来た学生だとのこと。確かに,ドイツのほかにオーストリアやスイスからの学生が何人もいる。彼曰く,友だちといるといつもドイツ語をしゃべってしまうし,スペイン人と友達になるのも難しくて,スペイン語を話す機会がなかなかないらしい。
その点,僕と話をするときはスペイン語(or英語)が必要だし,同じアジア系という親近感もあるし。
彼はスペイン語を勉強したくてスペインへ来たとのこと。僕よりもはるかに上手にスペイン語を話せるという感じ。でも,言いたいことが言えないときはどうしても英語になってしまう…。楽しくコミュニケーションできたから良しとします。
金曜日の夜。この韓国系の彼は,僕とお茶をしたあと,友だちとBarでFiesta(といっても飲みに行くくらいの感じ)に行くので一緒に行かないか,と誘ってくれた。でも,ドイツ語を話す友達との集まりのようだったので,丁重にお断りした。きっとドイツ語を離す人たちが集まっていたら,みんなはドイツ語を話すだろうし,そこに自分がいても全く理解はできない。
それに,Erasumsの交換留学で来ている学生は半年や1年で自分の国へ帰る。短い滞在期間にいろいろやってやろう,遊び倒してやろう,というエネルギーに満ちている(笑)。毎週末遊びに行くと言っていた。(遊びに,といっても友だちとワイワイ過ごすというような感じのことみたい。)このErasumsの留学の期間は留学生の間では「長いバケーション」と言われているそうだ。なんとなく分かる。
でも,そのバケーションに付き合う時間は今,自分にはないし,誘ってくれても"Lo siento."(I am sorry.)と断ることが多いのも,ちょっと寂しくはある。自分のペースでやっていくしかないな。
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4月2日(日曜日)
朝8:30。友だちと桜の花見に行くため,マドリードの南にあるバスターミナルへ。行き先はポルトガルとの国境に接するExtramadura地方にあるValle de Jerteという場所。Valleというのは「谷」という意味です。想像するに,谷に桜が満開…
ところが,8:30に待ち合わせ場所に行くと,なんと,乗るはずのバスがちょうど8:30発だったとのこと!!!次のバスは夜8:30…。
行き先変更して,マドリード近郊のテーマパーク,「Parque Warner Madrid」へ行くことにしました。ワーナーブラザーズのテーマパーク。http://www.parquewarner.com/ どうやらできて5年目みたいです。冬の間は閉園していて,その年の4月に再開。昨日はその再開2日目でした。
この中で桜の木を発見したので,「ここでお花見」ということで写真を撮って,花見終了。園内では,水でずぶ濡れになるようなアトラクションもあったけど,機能は初夏の陽気。濡れても30分ぐらいで乾いてしまいました。おまけに強い日差しのため,半そでの腕や顔が赤く日焼けするほどでした。
気付けば午後6時過ぎ。一通り絶叫マシーンにも乗り,一日歩きまわり疲れたので帰路に着きました。
午後6時でもまだ全然明るくて,日没が午後9時近く。日本だったら,「日が暮れたから7時くらいかな?」とか感覚で分かるんですが,こちらのような日没時刻だと,「今,何時くらいなのか」ということが,全然分からないのです。ちょっと困っています…。
居住許可証
スペインに来てから,3月22日で半年が経ちました。感慨深いです。「もう半年,やっと半年。」
そして,昨日,ようやく「居住許可証」というカードを入手。これは合法的にスペインに滞在していることを証明するものなので,パスポートのように大事なもの。
許可証発行の手続きは去年の9月28日にしたのに,半年もかかるなんて…と思って許可証を見てみると,発行日は11月3日…。外国人登録等の業務を行う警察からカードが発行されたという手紙が来るはずだったのですが,何かの手違いで届いておらず。しびれを切らして警察に行ってみたら,なんの謝罪もいいわけもなく,昨日手渡されたのでした。
まぁ,発行されたからいいんですが…。
許可証の期限は1年間。だから,また今年の9月には新しい許可証を発行してもらう手続きをしなくては。
夏が来た!
26日からサマータイムが始まって,時計の針を1時間進めました。時差が8時間から7時間になりました。 とうとうマドリードに夏が来ました! ということで,レティーロ公園へ日光浴に行って来ました。自分の中でのイメージとしては,代々木公園みたいな感じでしょうか…。 久しぶりに太陽が顔をのぞかせ,気温も22,23度まで上がっていたので,沢山の人が公園に遊びに来ていました。 ほんと,ずっと曇りや雨の天気だったので,久しぶりの太陽と暑さが気持ちよかった!おかげで顔と首が日に焼けて赤くなってしまいました。 日曜日の午後ののどかな公園には,ディズニーからのお客様も! 鼻が上向いたミニーとか,顔が潰れて人間の手をしたプーさんとか,顔がずり落ちないように支えながらたたずみ,誰にも相手されてないプーさんとか。さすがスペインのディズニーです。
まだまだ不安定な天気が続くようですが,一足早い「初夏」を楽しみました。(^^)










