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2007年4月24日火曜日

お店の日本語

この前,学生から質問をされた。

「日本で働くことになるかもしれないから,お店で店員が使う日本語を勉強する本はないか。」

北欧のアパレル「H&M」で働いているという学生だが,そこが日本へ進出するのだろうか。 詳細は聞かなかったが,話の流れからしたらそうだ。

いろいろと学校にある教材を見てみたが,そういう本はどうもないみたい…。 日本人が旅行するときに見る「旅先○○語会話」みたいなのは電子辞書に入っているけど,学生にはまだまだとても無理。

店員を含め,日本のサービス業は大変だろうと思う。 とにかく「お客様は神様」。敬語だって相当高度に使いこなさないといけない。 もし言葉遣いで客の気に障ることを少しでもしたら,客はすぐにクレームを出すというイメージもあるし。

こちらではそこまでの「上下関係」はない。ましてやカジュアルな服を売る店。学生君(男子)は,「多分,日本の店でもinformal styleで話すんでしょう?」と聞いてきた。つい最近,informal styleを勉強したばかりで,まだ2年も日本語を勉強していないのだ。

「いやー,まだ敬語も勉強していないしな…」と思いつつ,「何かいいものがないか,探してみるよ。」 と答えた…。

2007年4月21日土曜日

サマータイムが始まりました!

2007年04月06日(金)投稿

前回の更新から半年!3月末にサマータイムが始まってしまいました!長らく更新もせず,失礼しました。

■2006年11月ダイジェスト

この月は仕事で忙しくしていました。10月に授業が始まって,ようやく軌道に乗ってきたころ。

■2006年12月ダイジェスト

○12月頭:所属先で公的試験の実施。このために数ヶ月間はいろいろ細々と忙しく。それが終わって一息。

○5日:部屋の中に鍵を置いて部屋を出てしまう。ホテルのオートロックのように,ドアを閉めるだけで施錠されてしまう。鍵開屋に電話するも,コミュケーションがうまくいかず,しかも技術料が120ユーロ。悔しい。

○後半:日本からスペイン語の調査研究の方々が来馬。「方々」と言っても知っている人たちなので気は楽です。とはいえ調査はしっかりとやってもらわねば。協力にはなかなか神経を使うものですが,すべてが終わってお酒・会食を楽しめば,苦労も思い出に。

○24日:クリスマス・イブ=Nochebuena.mixiのマイミク・マンク君とその学友達etc.とのパーティー!みんで一品食べ物を持ち寄るというので,「豚肉のオレンジ煮」に挑戦。豚肉の角切りをオレンジジュースで煮るという料理。夏に友達に作っていただいた料理。ネットでレシピを探して作ってみる。豚肉を炒めて煮て出来上がり!ということで,料理初心者の自分にもできた!肉がちょっと硬くなってしまったけど,味付けは良かったようです。ちょっと自信が笑。また作ろうっと。
日本人・タイ人・ポーランド人というメンバーで,ゲームをしたりと久しぶりのパーティー。脚丸ごと一本の生ハムも登場!自分達でナイフを使って薄く削いでいく。思ったより難しい…。でも,削ぎたてはやっぱり美味しい!そして,楽しかった夜。ありがとう。
深夜はクラブへ。スペインは夜に楽しむ文化。0時過ぎからでも出かける。お年寄りのダンスホールだってあるのです!!!クリスマスは家族と過ごすといえども,深夜にはわらわらと人が集まっていました。
←肉を削いでいる。 
←ツリー

○26日~29日:知り合いをたずねて,イギリス・ロンドンへ。自転車で街を案内してくれたが,地理が分からない街を人の後を追って自転車で移動…。精神的にも肉体的にも疲れました…涙。
←ロンドン市内のクリスマス・ツリー
←グリニッジ旧天文台。またいでいるのは,東経・西経0分の線。東半球と西半球。

○30日~:日本へ。30日早朝,マドリードの空港にて爆弾テロ。爆発2時間前に出発したため特に何もなかったが,遅い便だったら…日本にはいけなかったでしょう。ロンドンでの乗り換えもフセイン処刑の直後だけにテロ警戒。機体の安全確認で出発が30分ほど遅れる。まぁ,万全を期すのはいいこと。

○31日:朝成田着。夜は友達の年越し会にちょっとだけ顔を出し。

■2007年1月ダイジェスト

○1日:朝早い新幹線で青森へ。病気の祖父を見舞いに行きました。祖父は小康状態。ただ,治る病気ではないので,延命処置をすることになるとのことでした。おじ・おば・いとこなどたくさんの親戚と会うことができて,それはそれは日本らしい正月を過ごしました。親戚もみな年をとってきて,いろいろな問題が持ち上がるもので…。これからはいろいろと大変になるだろうな…という,すっきりしない気持ちで3日夜に帰京しました。
←弘前駅。ねぷた。
←弘前駅。
←祖父の家の近く。雪と田んぼ。
←青森市内の神社で初詣

○4日:昼の便でロンドン経由,マドリードへ。時差ぼけが治らぬまま帰西。

○6日:この日は"Los Reyes Magos"で祝日。12月25日に生まれたキリストの誕生を祝うため,東方から3人の賢者がプレゼントを持ってエルサレムを訪れた日です。5日の夜子供たちはプレゼントをもらいます。これにてクリスマス行事終了。週明けからはバーゲン!

○14日:2週間前に見舞った祖父が,日本時間14日午後に亡くなったとの知らせ。老人だから病状の進みは遅いということはない,進行性のガンだったとのことでした。2週間前に見舞うことができてよかった。本の出版を報告できてよかったなと思います。安らかに…。

○後半:前期の期末試験。2月の仕事(ドイツ・日本)の準備でほとんど時間がつぶれた。

■2007年2月ダイジェスト

○前半:2月前半まで試験期間が続き,そのまま休み無く後期の授業が始まる。学期の間に休みがある日本とは違う。準備などの時間が少ないので,そこが少しやりにくい。

○3日~6日:仕事でドイツへ行ってきました。
ミュンスター(友達訪問の旅) http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%A5%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BC
ミュンスターは大学の街。大学生がたくさんいました。自転車が駅前にあったりして,ちょっと日本の風情。街には運河が流れていて,土曜の夜はクラブで賑わい,晴れた日曜日は散歩が気持ちよかったです。

←駅前の自転車。日本?
←運河


デュースブルク(仕事) http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%96%E3%83%AB%E3%82%AF
デュースブルクは,ライン川工業地帯の中心だった鉱山と鉄鋼の街。今は鉱山もなくなり,鉄鋼も下火で少し寂れています。かつての工場をそのまま残して公園してあります。公園のHP→ http://www.landschaftspark.de/  廃墟好きの人には堪らないかもしれません。

仕事自体は成功だったかな…と。自分の研究について学生さんを前に「講義」。久しぶりの英語にしどろもどろ。でも,講義の最後には,全員が机を拳で叩いてくれました。これは拍手と同じ意味だとのこと。面白い。

○11~14日:日本へ再び。今回は仕事でした。

○後半:後期の授業が始まる。スペイン語のクラスにもまた出席しています。このクラスは初級3。だいぶ上まで来ました。イタリア語,ポルトガル語,フランス語,英語を話す人が多いクラスで,みんなかなりスペイン語ができる感じ。でも,イタリア語とかポルトガル語を話す人は,スペイン語なんて簡単だと思う。どう感じているんだろう。

1年半スペインに滞在して少し変化が出てきました。スペイン語を話すことがあまり苦痛じゃなくなってきた。スペイン語で分からないことを言われてもあまり苦痛じゃなくなってきました。自分の持っているスペイン語力でなんとか説明できることが増えたし,自分の持っているスペイン語力で聞き返すことや説明を求めることができるようになったと思います。

語学のコツは,いかに自分の持っているものでやりくりできるか,ということのように思います。もちろん持っているものを増やす努力は必要ですが,まずは最低限のものでヤリクリするコツを知ること。

相対的に英語はダメになっている気はします。まず日常の会話を英語ですることができない。日常のごくごく普通の会話はスペイン語でしかしないので,それを英語に訳すことは今の自分には不可能。それに,普段スペイン語しか聞いていないから,英語の音はとても変に聞こえる。発音しにくい。子音が続いたり,母音を強く発音しなければならず,日本語を話すときとは違う筋肉の使い方をしているはず。その点スペイン語は母音が多い点で日本語に近い。

とにかく生活がしやすくなっている気はします。

■2007年3月ダイジェスト

○2日~4日:仕事でロンドンへ行ってきました。マドリードから3名がロンドン大学SOASへ出向く。SOASの日本研究者とともにワークショップを開いていただいた。歴史のあるロンドン大学で自分の研究について話す。今回は多少英語もマシに…。いろいろな交流ができてとても実り多かった。ロンドンはアジアの人も沢山いて,いろいろなものが共存している街。マドリードに比べて日本やアジアのものも身近にあるので過ごしやすそうだ…。刺激も満ち溢れている。多くの人が来るのが分かる。
←ロンドンのホテル。こじんまりとして。

○6日:マドリードに住んでいたMさんが日本へ帰国。やっぱり寂しさが募ります。まだいるような気がしてしまいます。
←3月のマドリード。空が青い。
←アーモンドの花。さくらに似ています。

■2007年4月ダイジェスト

○2日~9日:9日までSemana Santa(聖週間)の休暇です。英語圏ではEasterです。
学校は10日間ほど休み(^^)。 会社などは今日4月5日が「聖木曜日」(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%81%96%E6%9C%A8%E6%9B%9C%E6%97%A5 ),4月6日が「聖金曜日」(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%81%96%E9%87%91%E6%9B%9C%E6%97%A5 )で祝日。土日があるので,4日間の連休です。

ウチのごく近所のいつも通っているジムのすぐそばの敷地からイエスの像を掲げた山車を含む行列が出発(20時ごろ)。その後2時間半ほどかけて近所の通りを回り,ウチのごく近所にある教会へ行列が進みます(直線距離で開始地点から教会まで100メートルくらい。22時半ごろ)。
大きな十字架を持った人が行列の中に。赤いとんがり帽子の頭巾をかぶります。アメリカ合衆国のKKKとはまったく関係がないそうです。

イエスの像が乗った山車。8人くらいの人が動かしていきます。

ウチの近所の教会に着きました。賛美歌(?)を歌ったあと,何か教会の人が話して(説教して?)いました。エルサレムから遥かなる道を…などのことを話したあと,聖母マリアとイエスとの会話になりました。とにかく,多分ようこそ復活してくださいましたというようなことだと思いました。

沿道で見ている人も一緒に歌っていたし,最後には十字を切っていく人が多かったです。結構若い人・若い子も行列を見たりしていて,こういうときにキリスト教が暮らしの中にあることを発見します。でも,普段は十字を切る人はあまり見ないし…。日本でもいざというとき神社に行ったり寺にいって拝んだりするのと似ているのか…わかりません。若い人は,ミサに行く人は少ないと聞きますが,やっぱりキリスト教はいろいろと生活に深く入っているのではないかと思います。

こういうのは,やっぱり見ているほうも神妙になるものです。

ビザ申請はどこも大変

2006年01月25日(水)投稿

ほぼ仕事に区切りが着きました。 後は,試験問題を手直しして,実施して,採点して,公表して,学生からの異議申し立てを受ける時間を作って,結果を最終決定して,成績を大学に連絡して,おわりです。
前期期末試験の試験期間は2月10日まで。ちょっとした旅行ができるかと思いましたが,無理そうです。近場を回るくらいになりそうです。
試験期間が終わると,すぐに後期が始まります。学期と学期との間に休みがない分,夏休みが長いのかな?と思いました。
さて,これまで「スペイン移住」というトピックで書くことはありませんでしたが,やはりビザが大変でした…。こんなブログ(↓)を見て,そのことを思い出しました。
http://i-radio.cocolog-nifty.com/norikokato/2005/09/post_13cf.html
タレント・加藤紀子さんのブログです。
ロケの仕事でアメリカへ行くためにビザを取得した加藤さん。
アメリカもなかなか手強そうです…。スペインよりひどいかも。
どんな手続きだったかは,またおいおい。

大宴会・その後

2006年01月21日(土)投稿

19日の学生による大宴会。一夜明けて,新聞やゴミ,空き瓶などが散らかる有様。

大宴会

2006年01月20日(金)投稿

今日で仕事が一段落…。
10月からの前期の授業が今日終了。
年明けにスペインに戻ってからは,溜まっていた仕事を片付けながら,新しい仕事もする日が続き,睡眠時間は3,4時間程度。時差ぼけとも相まって,何がなんだかわからないまま2週間が過ぎました。
一応明日金曜日までが授業日ではありますが,金曜日に授業をする先生はほとんどいないので,多くの学生は今日,19日木曜日が授業の最終日。(こちらはまだ仕事があります。試験問題を作り,試験を実施して,採点し,結果を公表し,結果に不満のある学生と面談の機会を設け,大学に成績を報告…。)
さて,大学生が学業から解放されるとどうなるか…。

写真のような広場一面に,昼過ぎから学生が続々と集まり,そこかしこで酒宴が催されるという有様でした。午後になり時間が経つに連れて,屋外で呑みまくる学生の数はすごい数に達し,辺りが暗くなるころには,スナック菓子の食べかす,ビールの空き瓶,空のプラスチックのコップが植え込みや地面に大量に捨てられていました…。
普段の日から,授業が終わった午後には,校舎の中で瓶ビールやワインのコーラ割りを飲む学生達ですから,今日のように屋外で学期の終わりを喜ぶ大宴会での酒量は相当のものだったでしょう。 昼から夜にかけて,何時間ものあいだ,呑み続け,しゃべりつづけ,騒ぎ続けるバイタリティー。感服モノでした。

日本語弁論大会

2006年01月15日(日)投稿

金曜日,駐スペイン日本国大使公邸に行って来た。
仕事関連の会議が大使館で行われた後,大使主催の懇親食事会というのが行われたのだ。日本人が少ない国では,自分みたいな者でも大使館などとのつながりが生まれてくる。
守衛がいるゲートを入り,坂を上がると建物が。大使公邸には菊の紋章があちこちにあり,ここが「日本」なのだと思わせられる。
クロークにコートを預け,ウェルカムドリンクを飲みながらサロンにてしばし談笑。10分ほどして大使の挨拶の後,ダイニングルームへ。適当に席につくと,さらに奥の部屋への扉が開けられ,そこには素晴らしい日本料理が並べられていた。

ビュッフェ形式で三々五々料理を取りに行く。寿司,刺身,てんぷら。それから,イベリコ豚の豚汁まで。海産物はスペインでも良質のものが採れる地域があるので,味はとてもよい。豚汁にはごぼうなど,スペインでは食べることができない食材も。

デザートに抹茶アイスクリームなどを食べていると料理長の紹介。京都で修行を積んだという若き日本人料理人。やはり日本人が調理したものだったのか,と納得。
大使公邸を後にして,日本語弁論大会(写真)を見に行く。  
「マドリード文芸サロン」というところが会場。
日本に滞在したことがない人(グループ1)9名,滞在したことがある人(グループ2)が4名発表。
日本に滞在したことがない人たちのテーマは,日本語学習についての体験談,文化交流に役立つインターネットについてなど,自分と日本とのつながりについての発表や,神道・仏教などの日本の伝統文化についての発表のほかに,自分の研究テーマ,個人的なことなど,日本とは直接関係がないことなどだった。
日本に滞在したことがある人たちのテーマは,ノーといえない日本人,日本人のファッション,日本の若者と仕事,地中海のマグロについて。日本と繋がりがあるテーマだった。
グループ1の優勝者はチェロ奏者の男性。日本語の韻律に違和感がなく,非常に聞きやすい日本語だった。内容も日本語学習と音楽について,面白く,そして説得力あるように話していた。グループ2の優勝者は若者と仕事について発表した男性。日本の若者の現状を憂い,頑張ってほしいとエールを送る。
柔道や空手をやっているという発表者は,動きや話し方までが「武士道」の体現者という感じで,ちょっと違和感を感じつつもほほえましく観覧。
晴れやかな会に出席し,仕事続きの1週間を心地よく締めくくった。

うれしかったこと

2005年07月12日(火)投稿

スペインでは,日本語を教える仕事をしに行くのだが,日本語を外国人に教えている教室というのがどういう雰囲気なのか知るために,とある大学の授業を見学させてもらう。

教室に入ってくる学生たちは,見知らぬ人が教室にいるので,多少戸惑っているが,きちんと挨拶をしてくれる。

そして,授業開始。自分が自己紹介をし,みんなも僕に自己紹介。まだ日本に来て数ヶ月という学生さんたち。初々しい。授業の合間の休み時間。結構日本語ができるM君が僕のところに来て,いろいろと話をした。その中で,うれしかったのが,

「今までは女の先生ばかりだったが,男の先生の声を聞くことができてうれしかった」

ということば。
もちろん,街中やテレビ,教材のCDから聞こえる声など,男の声を聞いたことがまったくないわけではないだろうが,教室の中で,見本としてのナマの声を聞いたのは初めてだったのだろう。同性の教師への親近感もあったのかもしれない。でも,この言葉はとてもうれしく,そして勇気付けてくれるものだった。日本語を教える経験はないけれど,がんばれる気がした。

ありがとう,M君。