2007年4月21日土曜日

サマータイムが始まりました!

2007年04月06日(金)投稿

前回の更新から半年!3月末にサマータイムが始まってしまいました!長らく更新もせず,失礼しました。

■2006年11月ダイジェスト

この月は仕事で忙しくしていました。10月に授業が始まって,ようやく軌道に乗ってきたころ。

■2006年12月ダイジェスト

○12月頭:所属先で公的試験の実施。このために数ヶ月間はいろいろ細々と忙しく。それが終わって一息。

○5日:部屋の中に鍵を置いて部屋を出てしまう。ホテルのオートロックのように,ドアを閉めるだけで施錠されてしまう。鍵開屋に電話するも,コミュケーションがうまくいかず,しかも技術料が120ユーロ。悔しい。

○後半:日本からスペイン語の調査研究の方々が来馬。「方々」と言っても知っている人たちなので気は楽です。とはいえ調査はしっかりとやってもらわねば。協力にはなかなか神経を使うものですが,すべてが終わってお酒・会食を楽しめば,苦労も思い出に。

○24日:クリスマス・イブ=Nochebuena.mixiのマイミク・マンク君とその学友達etc.とのパーティー!みんで一品食べ物を持ち寄るというので,「豚肉のオレンジ煮」に挑戦。豚肉の角切りをオレンジジュースで煮るという料理。夏に友達に作っていただいた料理。ネットでレシピを探して作ってみる。豚肉を炒めて煮て出来上がり!ということで,料理初心者の自分にもできた!肉がちょっと硬くなってしまったけど,味付けは良かったようです。ちょっと自信が笑。また作ろうっと。
日本人・タイ人・ポーランド人というメンバーで,ゲームをしたりと久しぶりのパーティー。脚丸ごと一本の生ハムも登場!自分達でナイフを使って薄く削いでいく。思ったより難しい…。でも,削ぎたてはやっぱり美味しい!そして,楽しかった夜。ありがとう。
深夜はクラブへ。スペインは夜に楽しむ文化。0時過ぎからでも出かける。お年寄りのダンスホールだってあるのです!!!クリスマスは家族と過ごすといえども,深夜にはわらわらと人が集まっていました。
←肉を削いでいる。 
←ツリー

○26日~29日:知り合いをたずねて,イギリス・ロンドンへ。自転車で街を案内してくれたが,地理が分からない街を人の後を追って自転車で移動…。精神的にも肉体的にも疲れました…涙。
←ロンドン市内のクリスマス・ツリー
←グリニッジ旧天文台。またいでいるのは,東経・西経0分の線。東半球と西半球。

○30日~:日本へ。30日早朝,マドリードの空港にて爆弾テロ。爆発2時間前に出発したため特に何もなかったが,遅い便だったら…日本にはいけなかったでしょう。ロンドンでの乗り換えもフセイン処刑の直後だけにテロ警戒。機体の安全確認で出発が30分ほど遅れる。まぁ,万全を期すのはいいこと。

○31日:朝成田着。夜は友達の年越し会にちょっとだけ顔を出し。

■2007年1月ダイジェスト

○1日:朝早い新幹線で青森へ。病気の祖父を見舞いに行きました。祖父は小康状態。ただ,治る病気ではないので,延命処置をすることになるとのことでした。おじ・おば・いとこなどたくさんの親戚と会うことができて,それはそれは日本らしい正月を過ごしました。親戚もみな年をとってきて,いろいろな問題が持ち上がるもので…。これからはいろいろと大変になるだろうな…という,すっきりしない気持ちで3日夜に帰京しました。
←弘前駅。ねぷた。
←弘前駅。
←祖父の家の近く。雪と田んぼ。
←青森市内の神社で初詣

○4日:昼の便でロンドン経由,マドリードへ。時差ぼけが治らぬまま帰西。

○6日:この日は"Los Reyes Magos"で祝日。12月25日に生まれたキリストの誕生を祝うため,東方から3人の賢者がプレゼントを持ってエルサレムを訪れた日です。5日の夜子供たちはプレゼントをもらいます。これにてクリスマス行事終了。週明けからはバーゲン!

○14日:2週間前に見舞った祖父が,日本時間14日午後に亡くなったとの知らせ。老人だから病状の進みは遅いということはない,進行性のガンだったとのことでした。2週間前に見舞うことができてよかった。本の出版を報告できてよかったなと思います。安らかに…。

○後半:前期の期末試験。2月の仕事(ドイツ・日本)の準備でほとんど時間がつぶれた。

■2007年2月ダイジェスト

○前半:2月前半まで試験期間が続き,そのまま休み無く後期の授業が始まる。学期の間に休みがある日本とは違う。準備などの時間が少ないので,そこが少しやりにくい。

○3日~6日:仕事でドイツへ行ってきました。
ミュンスター(友達訪問の旅) http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%A5%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BC
ミュンスターは大学の街。大学生がたくさんいました。自転車が駅前にあったりして,ちょっと日本の風情。街には運河が流れていて,土曜の夜はクラブで賑わい,晴れた日曜日は散歩が気持ちよかったです。

←駅前の自転車。日本?
←運河


デュースブルク(仕事) http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%96%E3%83%AB%E3%82%AF
デュースブルクは,ライン川工業地帯の中心だった鉱山と鉄鋼の街。今は鉱山もなくなり,鉄鋼も下火で少し寂れています。かつての工場をそのまま残して公園してあります。公園のHP→ http://www.landschaftspark.de/  廃墟好きの人には堪らないかもしれません。

仕事自体は成功だったかな…と。自分の研究について学生さんを前に「講義」。久しぶりの英語にしどろもどろ。でも,講義の最後には,全員が机を拳で叩いてくれました。これは拍手と同じ意味だとのこと。面白い。

○11~14日:日本へ再び。今回は仕事でした。

○後半:後期の授業が始まる。スペイン語のクラスにもまた出席しています。このクラスは初級3。だいぶ上まで来ました。イタリア語,ポルトガル語,フランス語,英語を話す人が多いクラスで,みんなかなりスペイン語ができる感じ。でも,イタリア語とかポルトガル語を話す人は,スペイン語なんて簡単だと思う。どう感じているんだろう。

1年半スペインに滞在して少し変化が出てきました。スペイン語を話すことがあまり苦痛じゃなくなってきた。スペイン語で分からないことを言われてもあまり苦痛じゃなくなってきました。自分の持っているスペイン語力でなんとか説明できることが増えたし,自分の持っているスペイン語力で聞き返すことや説明を求めることができるようになったと思います。

語学のコツは,いかに自分の持っているものでやりくりできるか,ということのように思います。もちろん持っているものを増やす努力は必要ですが,まずは最低限のものでヤリクリするコツを知ること。

相対的に英語はダメになっている気はします。まず日常の会話を英語ですることができない。日常のごくごく普通の会話はスペイン語でしかしないので,それを英語に訳すことは今の自分には不可能。それに,普段スペイン語しか聞いていないから,英語の音はとても変に聞こえる。発音しにくい。子音が続いたり,母音を強く発音しなければならず,日本語を話すときとは違う筋肉の使い方をしているはず。その点スペイン語は母音が多い点で日本語に近い。

とにかく生活がしやすくなっている気はします。

■2007年3月ダイジェスト

○2日~4日:仕事でロンドンへ行ってきました。マドリードから3名がロンドン大学SOASへ出向く。SOASの日本研究者とともにワークショップを開いていただいた。歴史のあるロンドン大学で自分の研究について話す。今回は多少英語もマシに…。いろいろな交流ができてとても実り多かった。ロンドンはアジアの人も沢山いて,いろいろなものが共存している街。マドリードに比べて日本やアジアのものも身近にあるので過ごしやすそうだ…。刺激も満ち溢れている。多くの人が来るのが分かる。
←ロンドンのホテル。こじんまりとして。

○6日:マドリードに住んでいたMさんが日本へ帰国。やっぱり寂しさが募ります。まだいるような気がしてしまいます。
←3月のマドリード。空が青い。
←アーモンドの花。さくらに似ています。

■2007年4月ダイジェスト

○2日~9日:9日までSemana Santa(聖週間)の休暇です。英語圏ではEasterです。
学校は10日間ほど休み(^^)。 会社などは今日4月5日が「聖木曜日」(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%81%96%E6%9C%A8%E6%9B%9C%E6%97%A5 ),4月6日が「聖金曜日」(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%81%96%E9%87%91%E6%9B%9C%E6%97%A5 )で祝日。土日があるので,4日間の連休です。

ウチのごく近所のいつも通っているジムのすぐそばの敷地からイエスの像を掲げた山車を含む行列が出発(20時ごろ)。その後2時間半ほどかけて近所の通りを回り,ウチのごく近所にある教会へ行列が進みます(直線距離で開始地点から教会まで100メートルくらい。22時半ごろ)。
大きな十字架を持った人が行列の中に。赤いとんがり帽子の頭巾をかぶります。アメリカ合衆国のKKKとはまったく関係がないそうです。

イエスの像が乗った山車。8人くらいの人が動かしていきます。

ウチの近所の教会に着きました。賛美歌(?)を歌ったあと,何か教会の人が話して(説教して?)いました。エルサレムから遥かなる道を…などのことを話したあと,聖母マリアとイエスとの会話になりました。とにかく,多分ようこそ復活してくださいましたというようなことだと思いました。

沿道で見ている人も一緒に歌っていたし,最後には十字を切っていく人が多かったです。結構若い人・若い子も行列を見たりしていて,こういうときにキリスト教が暮らしの中にあることを発見します。でも,普段は十字を切る人はあまり見ないし…。日本でもいざというとき神社に行ったり寺にいって拝んだりするのと似ているのか…わかりません。若い人は,ミサに行く人は少ないと聞きますが,やっぱりキリスト教はいろいろと生活に深く入っているのではないかと思います。

こういうのは,やっぱり見ているほうも神妙になるものです。

サマータイムが終わりました

2006年11月02日(木)投稿

さて,11月に入りました。 スペインではこの前の日曜日にサマータイムが終わり,時計の針を1時間戻しました。これによって日本との時差は8時間になります。 そして,今日11月1日は,「諸聖人の日」で祝日でした。アメリカでは,10月31日は「ハローウィン」。ハローウィンは,聖人や殉教者を記念する「諸聖人の日」の前夜=「イブ」とのこと。Hallow Eveが訛ってHalloweenになったのだそうです。 今日は明日の授業の準備などをして一日過ごしました。

8月・9月・10月ダイジェスト

2006年10月24日(火)投稿

7月以来日記も書かず…3ヶ月ぶりのご無沙汰です…。

■8月ダイジェスト■

○7月末から8月頭

スペイン国内を旅行。マドリード→バルセロナ→トレモリノス→グラナダ→コルドバ→マドリード。スペイン中央にあるマドリードから東→南と回った旅。バルセロナは何度も訪れたい街。一度だけでは見きれない。グラナダのアルハンブラ宮殿は荘厳で美しかった。言葉では表しきれないくらい。 ←バルセロナ:カタルーニャ美術館からの眺め。市内を一望。 ←バルセロナ:グエル公園。 ←バルセロナ:世界遺産のカザ・ミラ。普通の住居で,今も人が住んでいます。 ←バルセロナ:サグラダ・ファミリア。「桜田」ではありません。笑。「聖家族」の意味。 ↑グラナダ・アルハンブラ宮殿。荘厳な装飾といたるところに流れる水。乾燥した土地で水が絶えず流れているのはとんでもない贅沢です。 コルドバ。メスキータという,アラビア支配時代の寺院。不思議な雰囲気の薄暗さ 

○8月10日

日本へロンドン経由で戻る。その1日後,ロンドンはテロ未遂事件で大混乱。危機一髪。

○8月16日・17日

家族で那須方面へ旅行。雨が降ったりで天気はあまり良くなかったけれど,久しぶりの家族水入らずでの旅行。今振り返ると,やっぱり心休まるひと時でした。 白河近くの田園風景。

○8月29日

慌しい滞在もあっという間に終わって,スペインへ戻る。滞在中はほとんどが友だちと会うことに費やされた。あとは実家でのんびりと…。親孝行になっただろうか。1年前の心細さはないものの,やっぱり一抹の寂しさ。

■9月ダイジェスト■

○9月3日~10日

ポルトガルへ。8日まではポルトガルの北部にある「ブラガ」という街へ。方言学の国際学会に出席する。日本からも指導教官含め10数名の方が来葡。ブラガは小さい街だったけれど,そのため,街中は移動しやすく,滞在はなかなか良かった。街の雰囲気はスペインと似ているし,言葉もスペイン語を話して大体通じるが,相手のポルトガル語が分かりにくく,なんとなく微妙にストレス。学会での発表もなんとかうまくいく。

ブラガの中心の広場。市民の憩いの場 発表の様子

スペインへ戻る前に,ポルトガルの首都・リスボンで2泊する。リスボンの民謡「ファド」を聞いたり,坂の多い街をあちこち歩いたり。「外国」旅行というのは久しぶりの感じでした。スペインよりももっとのんびりした感じのポルトガル。また来てみたい。

リスボン市内を見渡す高台から。マリア様の像と教会が街を見下ろしています。 リスボンの西にあるロカ岬。ヨーロッパで最も西に位置する場所です。 ファドという民謡を聞かせるレストランにて。洞窟状のレストランで。

○9月14日~17日

オーストリアへ。首都ウィーンで,ヨーロッパ日本語教師会のシンポジウムへ行く。ここでは自分は発表しなかったものの,日本語教師の方々,日本からの先生がたに会うことができるので,参加。スペインやポルトガルとは違って,整然とした街並に大きな建物がドーンと建ちならび,ゆったりした街路・のんびりとした雰囲気。よい街でした。

ウィーン市内 ホテル・ザッハー。ザッハートルテというチョコケーキが有名。日本人だらけ!

○9月22日

以前6月に録音に参加した映画"La Maquina de bailar"が公開される。"La Maquina de bailar"とは,日本語でいえば「踊る機械」。ゲームセンターなどにある「ダンスダンスレボリューション」(DDR)のこと。映画はまだ見に行っていないが,どんな風になっているのか…楽しみ。映画好きな方?がブログで僕が録音に参加したことを紹介していました!びっくり! 

○9月末

新学期・新学年がスタート。キャンパスはまだ初々しい雰囲気。夏が終わってしまった寂しさと,新たなスタートの清清しさと。

■10月ダイジェスト■

○10月

授業が淡々と進み…。12月に行われる日本語の公的試験の準備もあるので,比較的忙しく。中旬くらいからは気候が急に秋らしくなる。明け方は8時半くらいまで暗く,寒い。日が落ちるのも早くなった。もうすぐサマータイムが終わって,時計を1時間戻す。

ここ1週間ほどは雨続き。マドリードに長く住む人も珍しがるくらいの,シトシト降る雨。今週の金曜日まではこんな感じらしい。水不足は解消されるけれど,マドリードらしいカラっとした気候が恋しい。

スペインで日本の夏

2006年07月19日(水)投稿

16日日曜日: マドリード日本人学校の校庭で日本人会主催の盆踊り大会。知り合いの人に頼まれて,急遽ボランティアとして食券売りの仕事をしに行きました。

19時半から開始とのことだったのだが,準備等?のため18時に集合。こちらの18時はまだまだ日も高く暑い時間帯…。学校は郊外の住宅街の中にあるため,マドリード中心部からはバス。そのバスが日曜日のため本数が1時間に一本…。急いで着いてみると,準備の人もまばら。なぁんだ。もっと遅く来ればよかった…爆。この辺が日本人の集まりでも「スペイン流」なんです。

19時過ぎからはスペイン人・日本人ともに来場者が増えてきて,食券販売開始。1ユーロで1ポイントの食券を購入し,買う食べ物・飲み物に応じて2ポイント,3ポイントと券を利用する。

次から次へとスペイン語の数字が繰り返し浴びせかけられて,ほんと,いい練習になりました。スペイン人の次は日本人,その次はまたスペイン人…みたいな切り替えのいい練習にも…ぐったり…。

祭り自体は日本人の子ども達による「ハム太郎」のお遊戯披露や,ジャンケン大会,スペイン人(インディーズ?)歌手の演奏などがあり,まさに「祭り」。スペイン人にもちょうど良いイベントのようでした。

もちろん盆踊りとして,「月が~出た出たぁ~♪」(炭坑節)や,葛飾音頭,東京音頭,そしてなんとマドリード音頭までありました。ほんと日本人ってどこにでも「~音頭」って作るんですねぇ…。

やぐらの周りの一周では練習をした日本人が浴衣を着て踊り,その外側の一周では内側の日本人を見よう見まねで踊るスペイン人。踊り好きなスペイン人だけあって,2時間ほどの間,ずーっと踊っていました。

金魚すくいやヨーヨーすくい,スーパーボールすくいなどもあって,ちょっと懐かしいマドリードの夏の一夜。

無事です

2006年07月04日(火)投稿

Yahoo!Japanなどで,「スペインで地下鉄脱線」などのニュースが出ていますが,こちらは無事です。

http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/world/spain/

マドリードではなく,バレンシアという都市での事故です。 ひとまず,ご報告まで。

声優デビュー

2006年06月13日(火)投稿

昨日,マイミク・マンク君からメッセージが。 「日本人で声優の仕事ができる,40歳くらいまでの男性を探している」とのこと。詳細はよく分からないということだが,午後4時から午後10時ごろまで拘束され,給料は60ユーロとのこと。マンク君は仕事でいけないというので,自分が協力を申し出る。話はトントン拍子に進み,仕事場へ行くことに。

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そして,今日。 マドリードの中心・マヨール広場の近くの小さな広場にある「CINEARTE」という建物へ。建物内にはスペイン映画のポスターが壁に沢山かけてあって,映画の仕事らしいということがわかる。 30分ほど待って全員が揃ったので,スタジオのある3階へ。自分以外には,60~70歳代のスペイン人男性4人程度,女性3人程度。二十歳前くらいの男の子4名程度,女の子5名程度。自分と同年代の国籍不明の男性1名,そして自分。全員がそこで「出演」の時間を待つ。数名が呼ばれてスタジオ内に入っては,10分ほどで出てくる。みなよくわからないことを言わされた,と面白がっている様子。 集合してから3時間半が経とうかというころ,自分が呼ばれてスタジオ内へ。部屋の中は暗く,前面の壁に大きく映像が写し出されている。中央に譜面台のようなものがあり,そこにスクリプトが書かれた紙が置かれている。ここは映画編集スタジオのようだ。 指示を出す人が僕に説明する。まずは,テレビ番組を収録しているシーンが映し出された。ディレクターのような男が「5,4,3,2,1,アクション」と指示を出している。「あの男は中国語のような発音なので,日本語として自然な発音をして欲しい。」後でよくよく考えると,テレビの収録で「アクション」などと言わないのだろうが,その場で思いつかず。思いついても多分スペイン語で説明できない…。とにかく言われたとおりに発音。 アテレコ,難しい…。5,6回くらい言わされてOK. それからもうひとつ。番組のタイトルコールを録音するとのこと。番組名は「友だちクラブ」 ??? 「ともだーち CLUB!」? 「ともだちー CLUB!」? どこを伸ばしたらいいのかちょっと思案したが,前者で。番組名がありえないなんてことを申し出ることは,この現場では不可能な状況だった。とにかく,この有り得ない番組名を叫ぶしかなかった。なんとなく引きつった感じのタイトルコールにOKが出て,収録終了。 結局は収録終了は午後8時。スペイン人は20ユーロをもらったようだが,自分と,国籍不明の同年代の彼は70ユーロと。おいしい仕事でした。

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映画は「La maquina de Bailar」=「踊りの機械」。あの「ダンス・ダンス・レボリューション」のことです。KONAMIと提携で映画が作成されている模様(公式な予告編はこちら→http://www.youtube.com/watch?v=0ZPYc0084N8 )。どんな話の映画なのかは,さっぱりわかりません。 スペイン公開は9月下旬です!全世界公開の際にはみなさんも是非!(多分ないな…)

夏の読書感想文

2006年06月12日(月)投稿

週末はDVDや本で「1人の週末」三昧。 感想を忘れないために,自分のために書いてまふ。

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・『親しさのコミュニケーション』中山晶子・著 2003年 くろしお出版 ISBN 4874242715 日本人同士・日本人と日本語学習者(外国人)という2つのペアの会話の分析を通して,ある期間の間にどういうプロセスで人が親しくなって行くか考察し,人間の「親しさのコミュニケーション」がどういうものかモデル構築しようとする研究の書。

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「人と親しくなりたい」という感情は,人間であれば必ず持つ(持ったことがある)感情ではないだろうか。動物だって,他の個体と親しくなりたいと思い,そういった行動をとっていると思う。しかし,必ずしも親しくなるのは楽ではない。煩わしく感じるときもある。誰かといたい欲求と1人でいたい欲求があるからだ。 また,親しくなればそれで安泰ではない。「親しき仲にも礼儀あり」で,親しいあまり,つい相手に甘えて自分を出しすぎると相手を傷つけることもある。→「親しい人とのコミュニケーションは実は難しい」と筆者は言う。どう難しいのか? ①親しい人とのコミュニケーションは直接行われることがない。「いま僕達は親しいよね」などと確認することがないということ。たとえば,間接的に示されるので,誤解が生じやすい。(例:今まで親しかった人が急に改まった言い方になったり,逆もしかり。) ②親しい人とのコミュニケーションは意識して学ぶことがない。生まれてから家族とのコミュニケーションの中で学んでいくものだということ。筆者は書いていないが,そういうコミュニケーションを学びにくい家庭環境もあると思う。そういう環境で育った場合は,親しさのコミュニケーションが十分身につかない可能性もある。 ③親しさは変動する。家族との親しさも変動するし,友達,恋人との間でも変動する。あるときには適切だったコミュニケーションが,別のときには適切ではなくなるということには気付きにくい。 そこで,親しさをどのように言語行動で示すかを研究するのが本書だとのこと。

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今の自分にとって興味深かったのは,日本人と外国人とのコミュニケーションについての分析。 これは自分が日本語を教えているからではなく,外国人としてスペイン語でコミュニケーションをする際にも重要だ。 ●外国人のコミュニケーションのペースに合わせる 外国人は理解できなかったり,理解できても言葉が見つからずになかなか応答できないことが多い。日本人は相手のペースに合わせて待たなくてはいけない。 ●多くを説明しないといけない 外国人は,日本人が当たり前のことでも説明をしないといけないことが多い。ここで説明を面倒くさがると,外国人としては気遣いがしてもらえなかったと感じ,親しさを示されていないと感じることになる。 →外国人を日本人の集まりに呼ぶときは要注意だ。外国で寂しいだろうと気遣ったつもりで日本人ばかりの集まりに呼ぶと,周りは日本語ばかりなので,日本語を理解できない・日本語にすばやく反応できないという外国人の場合,余計に疎外感を感じることになる。また,今まで親しかった日本人の友人も,他の日本人と話したりするため,外国人である自分にはあまり構ってくれない。今まではいろいろ説明してくれたのに,このような場では日本人同士の会話をすべて説明してくれるわけではない。つまり,相対的に説明量が減る。しょうがないのだが,これも外国人にしてみれば,疎外感を感じる要因になる。 →外国人にしてみれば,これは強いストレスの要因になる。自分も,スペインに来てすぐのころ,ランチに一緒に行こうと誘われたことがあった。行ってみたら,みなスペイン人ばかりで,スペイン語のみの会話。たまに英語で自分に説明してくれるという感じ。みんながスペイン語で話すのは普通のことだということは分かる。しかし,言語的弱者としては本当に居心地の悪い空間。それ以降一緒にランチに行くことはしなくなった。これだけではなく,現地の人と結婚した女性が,現地人夫の友達が集まったパーティーや夫の親類関係の集まりで孤独を感じるということは,海外在住者からもよく聞く。 →もちろん,外国人も言葉の習得に勤しむ必要がある。ただ,すぐにできるようになるわけではないし,言語的強者が,常に気遣いをする必要がある。自分の今の立場を考えると,言語的にどうしても弱者になる。上の二つをしてくれる人と知り合うのはとても難しい。とても辛抱強くないとできないことだからだ。

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この本は日本語研究の専門書。だから,日本語の研究に馴染みが無い人には読みにくい。しかし,内容はすべての人が知っていていい内容である。著者には,一般向けの出版を期待したい。

ヘンなもの図鑑

2006年06月04日(日)投稿

更新が滞っているのに,ランキングが上がっている。なぜなんだろう?とにかく,ありがとうございます!?

6月になりました。学期末の試験期間が始まりました。 学校へ行く機会は減りますが,家での仕事が増えそう。 今日はマドリ ードで見つけたヘンなものをご紹介。

①「大阪 GEISHA MIX」 デパ地下で見つけた一品。お米からできた日本のスナック菓子=「おかき」です。なぜに大阪?なぜGEISHA?BONSAI MIXという商品もあるようですが,品切 れでした。「Low FAT」で,ベジタリアンにも最適!なんて書いてあったりもします。出所はオランダ。

②「AQUARIUS VERSION 3」 アクエリアスに第3の味が登場。(普通のアクエリアスと,オレンジ味のアクエリアスがあります。)なんと味は「コーラ味」らしい。 http://www.marketingnews.es/2006/05/11/ いくらコカコーラから出しているからって…。合わせりゃいいってもんじゃないでしょう。一応炭酸は入っていない模様。冷蔵庫で冷やしている最中なので,冷えたら飲んでみます…。 日本で話題の(?)「炭酸入りコーヒー」とどちらが美味しいでしょうか…。

回復

2006年05月14日(日)投稿

気付けば,もう3週間近く日記を書いていませんでした。
ご無沙汰しています。

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ところで,今日,ADSLの速度が回復しました。 電話とモデムの接続を見てもらったところ,どうやら何本かあるケーブルの繋ぐ順番が間違っていたようで,それを正しい順番にしたら,1Mbpsを回復しました。これまでは32Kbpsだったから全然違います。快適です。

***その他の出来事***

・4月第5週:遭遇
インターネットをぶらついていたら,スペインに留学中の日本人の方のサイトを発見。日記を読むと,すごくご近所に済んでいることが判明。早速メールを出して,近所のバルで会う。日本人は少ないし,近所にも少ないので,貴重な出会いということで。大学院で勉強しているとのことだが,とても大変そうですね…。でも同じ大学ですし,頑張って欲しいものです。

・5月第1週:準備
スペイン語の授業で,グループ発表をするので,その準備。まさかこの年になって,しかも外国でこういうことをすることになるとは思いませんでした…。他のメンバーは30代後半という感じのベルギー人と,20代後半のフランス人。二人ともフランス語なまりの強いスペイン語なので,意思疎通すら難しい…ということで,英語で話をする。でも,フランス語なまりの英語…。ま,なんとか準備ができて,先生からもmuy bien!のお言葉をいただく。ほっ。

・5月第1週:来客
友だちの友だちが来西。今回の旅行の目的はバルセロナでサッカー観戦とのことで,マドリードへは2日間だけの滞在。天気があまり良くなくて残念でしたが,ガリシア料理を堪能。しかし,2日目はディナーで白ワインを飲みすぎてしまい,ちょっと眠くなってしまった感じでした。でも,街の様子を垣間見ていただけたようなので,一安心。

・5月第2週:交流
イギリスから来た先生が大学にて講演。江戸時代の街の造りが風水に基づいているという研究の話。英語も分かりやすくて,内容がよく分かったので,大満足。夜はこの先生を囲んで数人でディナー。やっぱり英語で話せると楽…。

Semana Santa

2006年04月20日(木)投稿

Semana Santaの休暇が終わり,また授業が始まった。久しぶりに授業をするとやはり疲れる。大きな声を出しながらの授業は,疲れるのだ。でも,何もしないで家にいるよりはいいかもしれないな…。
さて,Semana Santaの期間はほとんど家にいたが,16日(日)には,友だちと一緒に3人でサラマンカという町にバスで一日小旅行へ行ってきた。

サラマンカは,マドリードの北西に広がるカスティーリャ・イ・レオン地方の一都市。この地方は,乾燥した大地に小麦畑が地平線まで続く…そんな場所。
 
この季節は緑の大地という感じだが,夏や冬は枯れた茶色い大地だとのこと。
バスに2時間半乗って,サラマンカへ。

旧市街全体が世界遺産に指定されているという街は,どこもかしこも絵になる風景。
一緒に行った友だち二人は,両方とも以前サラマンカに住んでいたので,勝手知ったところ。
まずは友だちが行きつけだったBARへ。ビールとタパス。マドリードより安くてボリュームもあり,満足。
その後すぐそばのプラサ・マイヨールへ行くと,セマナ・サンタの行列が!キリストの復活の場面が山車の上で表現される。それが街を練り歩くのだ。ここで見られるとは思っていなかったので,早速人だかりの中へ。
       
美しく飾られたマリア像,キリスト像の山車。見ている人たちも真剣に眺めていた。
キリスト像の山車が行列の最後。この山車を目の前で見終えると,観衆は「さぁ,ビール,ビール」などと言いながらBARへと移動してしまった。(ここでカメラの電池切れ。)
われわれも立ちっぱなしで疲れたので,お昼ご飯を食べることに。友だちが大のお気に入りのレストランへ。調度品も品がよく,料理も美味しかった。さすがお勧めの店!ここでわれわれはワインと食後酒を飲み干していい気分のまま,市街探索へ。
新旧聖堂など見学。ただ,思いのほか寒かったので,途中コーヒーを飲んで暖を取りながら。夜からは友だちの友だちも合流して,BARをめぐる。ビールとTAPAS(おつまみ)に舌鼓を打っていると,バスの時間…。
夜11時にバスターミナルへ移動し,出発10分前にバスに乗り込んだ。真っ暗な中,爆睡であっという間にマドリード。終電直前の地下鉄で家に着いたのは2時近くだった。
結局は食の旅だったような気もするが,Semana Santaらしい行列も見られたので,良い旅行だった。
友だちのMさん,Tくん,ありがとう!